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公開日:2024.07.30

更新日:2024.08.30

社会保険加入が適用拡大された後の加入が必要となる要件について

これから上場を検討している事業所に向けて、社会保険加入の適用拡大について詳しく解説します。

2024年10月1日から社会保険適用拡大が施行されます。
しかし労働者の中には「社会保険への加入は避けたい」と考える人も少なくありません。
また事業主側としても、適用要件がわからない、準備がわからないとの悩みを抱えていることもあるでしょう。

そこで今回の記事では、社会保険加入適用拡大の要件やしておきたい準備など、社会保険加入に関することも含めて幅広く解説します。
参考にしていただければ、事業主側、非雇用側のいずれも納得のいく結果を選べるようになるはずです。

社会保険について

社会保険とは狭義には、健康保険・厚生年金保険・介護保険の総称です。
広義では、労働者災害補償保険や雇用保険も含め、社会保険とすることもあります。
ここでは狭義の社会保険を前提にお伝えいたします。

事業主は資格要件を満たした場合、労働者を社会保険に加入させなければなりません
労働者も同じく、資格要件を満たす労働条件および就労実態がある場合、意思とは関係なく強制的に加入することになります。
基本的にフルタイムの正社員であれば、全員が被保険者となるでしょう。
短時間労働者であっても、条件が満たされた場合は加入させる必要があると定められています。

それでは社会保険に含まれる3つの保険について、さらに詳しく見ていきましょう。

健康保険

まず「健康保険」は、病気や怪我、死亡、出産に対して保険給付が行われる保険制度です。
日常の中では病院を受診する際に健康保険証を提示することにより、医療費の自己負担額が3割になる給付を受けられます。
残りの7割は全国健康保険協会、健康保険組合から支払われ、その原資は社会保険料として事業主と労働者が支払いを折半する仕組みです。

また病気や怪我で働けない場合や、出産をしたとき、死亡したときなどにも給付対象となります。
以上のように健康保険は、労働者の心身の健康を守るための保険です。

厚生年金保険

「厚生年金保険」は老齢や障害、死亡の際に保険給付が受けられる制度です。
「老齢厚生年金」「障害厚生年金」「遺族厚生年金」の3種類の給付が用意されています。
労働者とその家族の将来的な生活を守るとともに、福祉への貢献のために設けられました。

日本国民は、20歳以上であれば必ず国民年金に加入しなければなりません。
自営業者や個人事業主であれば、国民年金のみです。
しかしサラリーマンの場合は、国民年金に厚生年金保険が加わり、さらに手厚い給付金を受給できます。

参照:厚生年金保険|日本年金機構

介護保険

最後にご紹介する「介護保険」とは、将来的に要介護状態になった場合に保健医療・福祉サービスを受けるためのもの
介護保険制度により、保健医療・福祉サービスに関わる利用料金が1~3割負担となります。
健康保険の介護バージョンと考えるとわかりやすいでしょう。

介護保険は40歳以上の方が加入します。
そのため全従業員ではありませんが、40歳になった際に加入が必要となる保険です。

参照:介護保険制度の概要 |厚生労働省

社会保険が適用される要件

社会保険の加入は一定の条件下において必要となると解説しました。 それでは加入が必要となる要件とはどのようなものでしょうか。 基本的に下記の5つに該当した場合、社会保険が適用されることとなります。

①使用される従業員が常時101人以上であること

社会保険が適用されるひとつめの要件が、「従業員数が常時101人以上であること」です[1]。
フルタイムの従業員だけでなく、1週間の労働時間がフルタイムの3/4以上である短時間労働者も含まれます[2]。

つまり正社員に加え、アルバイトの方、パートタイマーの方も含まれることに注意してください。
短期労働者によって101人未満になることがある場合は該当しません。
使用される従業員数が常時101人以上である事業主は、労働者を社会保険に加入させる義務が生じます。
ただし、2024年10月からは常時使用老小津者数が51人以上の事業主が対象となり適用範囲は広がります。

②週の所定労働時間が20時間以上であること

労働者の1週間の所定労働時間が、20時間以上となることも要件のひとつです[2]。
労働時間は労働契約上の所定労働時間で換算されます。
つまり残業時間は含まれません。

参照:労働時間・休日 |厚生労働省

しかし実労働時間が2か月連続して週に20時間以上となった場合は、3ヵ月目の初日に被保険者としなければなりません[2]。
労働者が適用対象であるかどうか悩んだなら、まずは1週間の所定労働時間の確認を行いましょう。

③所定内賃金が月額8.8万円以上であること

賃金も社会保険加入の要件とされています。
基準となるのは、「月額88,000円以上」です[2]。
88,000円以上は基本給と手当を加算した金額[2]。
残業代や賞与、休日労働や深夜労働に対する割増賃金などの臨時的な賃金は含まれません[2]。
また手当の中でも、皆勤手当や通勤手当、家族手当など、最低賃金に含めないことが定められているものも対象外です[2]。

1週間の所定労働時間とともに、所定内賃金が月額88,000以上となるかどうかを確認してください。

④2か月を超える雇用の見込みがあること

続いての要件は、「雇用期間が2か月を超える見込みがあるかどうか」です。
1か月間のみの契約社員や短期アルバイトであれば要件から外れます

⑤学生ではないこと

最後は「学生ではないこと」です。
学生であれば、上記で解説した要件に該当していたとしても加入対象とはなりません。

ただし例外もあります。
休学中であったり、夜間学生であったりする場合は加入の対象となります[2]。
社会保険加入適用拡大によって、社会保険に加入できる労働者が増えました。
どのような学生であるか確認した上で、その他の条件も含めて適用させなければなりません。

【2024年10月1日施行】社会保険の適用拡大

2024年10月1日から施工される社会保険加入の適用拡大。
どのような点が拡大されたのか、改正の背景も含めて知っておきましょう。

改正の背景

改正が行われるようになった背景には、短時間労働者も社会保険の対象にする目的があります。
労働者の保障を充実させること、働き方によって不公平が生じないようにすることを目指すための改正です。
今までであればフルタイムの労働者と同等に働いていても、社会保険に加入できない短時間労働者がいました。
しかし改正により、労働者への平等性が高まると考えられます。

従業員の要件が「101人以上」から「51人以上」に

まずは保険加入対象となる事業主の従業員数要件が、「101人以上」から「51人以上」になったことがあげられます[2]。
2016年10月に501人以上、2022年10月に101人以上、2024年10月からは51人以上と、段階的に拡大されてきました[2]。
2024年10月以降は、従業員数が51人以上の事業主も社会保険加入の対象となります。

短時間労働者の雇用期間の要件が「1年以上」から「2か月超」に

以前は短時間労働者の雇用期間要件が「1年以上」でしたが、「2か月超」となりました。
短期アルバイトとは言え、あらかじめ2か月を超えて労働することが想定されている場合には、当初から被保険者とする必要があります。

未加入のままの事業主には、立入調査の可能性

社会保険加入適用拡大により加入対象となったにもかかわらず、未加入のままであれば、立入調査を受ける可能性もあります。
もともと以前より、社会保険加入届出を意図的に行わない事業所には、立入調査が行われていました[3]。
調査時の対応次第では、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が処されます。
日本年金機構の公式サイトには、下記のように記されています。

(前略)同第102条において、事業主が、正当な理由がなくて「第百条第一項の規定に違反して、文書その他の物件を提出せず、又は当該職員の質問に対して答弁せず、若しくは虚偽の陳述をし、若しくは検査を拒み、妨げ、若しくは忌避したとき。」は6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処することとされています。

出典:日本年金機構:厚生年金保険・健康保険などの適用促進に向けた取組 

つまり求められた文書を提出しない、質問に答えない、嘘をつく、調査を拒むなどの対応をすると処罰を受けます。
社会保険加入適用拡大の要件をしっかりと確認して、必要であれば加入するようにしましょう。

社会保険に加入するメリット・デメリット

社会保険は要件を満たす事業主にとっての義務ですが、加入することには多くのメリットがあります。
ただしメリットばかりではなく、デメリットがあることも事実です。
これから加入するにあたって、知っておきたいメリットとデメリットについて見てみましょう。

従業員のメリット

まずは従業員にとっての社会保険加入のメリットです。

【メリット】

  • 将来的に受け取れる年金額が増える
  • 国民健康保険よりも健康保険の負担額が減る
  • 死亡の際には家族が遺族厚生年金を受け取れる
  • 障害を負った際には障害年金を受け取れる
  • 傷病手当金や出産手当金が受け取れる
  • 被扶養者要件を気にせずに働きやすくなる

加入することのメリットをまとめると、「受け取れる給付金が増えて、自己負担額が減る」ことです。
健康保険や厚生年金保険に加入することにより、もしものときにさまざまな給付金が受け取れるようになります。

また厚生年金保険に加入すれば「年金の2階建て化」となり、国民年金加入時よりも将来的に受け取れる年金額が増加します。
社会保険加入適用拡大によって加入対象となった従業員は、扶養基準を気にせずに働きやすくなることもメリットでしょう。

従業員のデメリット

続いては社会保険に加入することによる、従業員側のデメリットについて解説します。

【デメリット】

  • 被扶養者とならなくなり収入が減る可能性がある

従業員にとってのデメリットは、被扶養者とならなくなることであると言えます。
たとえば夫の扶養範囲内で働いていたパートタイマーの妻がいたとしましょう。
今までであれば妻は社会保険に加入する必要はなく、夫の社会保険を使えたはずです。
しかし妻が社会保険に加入してしまえば、それぞれで社会保険料を支払わなければなりません。

そのため社会保険加入適用拡大前と働く時間が変わらなくても、収入が減ってしまうことがあります

事業主のメリット

続いては事業主側にとってのメリットについて解説します。

【メリット】

  • 人材が集まりやすくなる
  • 従業員の満足度が高まる
  • 優先的に補助金を受けられる可能性がある

メリットとして第一にあげられるのは、人材が集まりやすくなることです。
「社会保険完備」の事業主は、福利厚生が行き届いているとの魅力から求人募集への人気が高まります。
雇用してからも、従業員にとっては事業主への満足度向上の要因となるでしょう。

また政策によっては、社会保険を完備している事業主が優先的に受けられる補助金もあります。
補助金が受けられれば事業主の財政面にとってもメリットがあるはずです。

関連記事:外国人労働者と社会保険制度の関係と雇用の際に注意したいポイント

事業主のデメリット

最後に社会保険に加入することによる、事業主側のデメリットについてです。

【デメリット】

  • 雇用コストが増える

何と言っても、雇用コストが増えることがデメリットでしょう。
社会保険に加入すると、事業主と従業員が折半で社会保険料を支払うことになります。
毎月コンスタントに発生する支払いだけに、加入していないときに比べて、従業員1人あたりの雇用コストが増えたと感じられるはずです。

社会保険の適用対象となる事業主の準備

社会保険加入適用拡大によって、これから社会保険の適用対象となる事業主もあることでしょう。
実際に施行される前に、適用対象となる事業主が行っておきたい準備について解説します。

準備1:加入対象者を把握する

まずは加入対象者を把握することから始めてください。
新たに誰が対象となるのか把握できなければ加入漏れが生じて、罰則の対象となってしまうこともあります。
最初にご紹介した「加入要件」を確認しながら、加入の対象となる従業員を洗い出しましょう。

準備2:適用拡大後の社会保険料を算出する

加入対象者全員を把握し終えたら、社会保険加入適用拡大後の社会保険料を算出します。
インターネット上には簡易的な試算シミュレーターもあるので、シミュレーターを使って概算を算出するのもひとつの方法です。

準備3:事業主の方針を決定する

続いては事業主の方針を決定する段階です。
適用拡大後の社会保険料を算出すると、事業主が負担する保険料の総額は確実に大きくなることでしょう。

保険料の支払いは資金繰りに影響を与える可能性もあります。
場合によっては、従業員の所定労働時間を変更しなければならないかもしれません。
労働時間の調整と業務への影響も考慮しながら、今後の資金繰りをどのようにしていくべきか事業主の方針を決めてください。

準備4:社内に改正の概要を周知する

事業主の方針が決まったら、社内に対して改正の概要を周知します。
新たな保険加入対象となった従業員に対して、伝わりやすいように改正の内容を伝えましょう。
すべての従業員が改正の概要を理解できることが目標となります。

準備5:対象者本人の意向を確認する

社会保険加入適用拡大によって、加入対象となった本人の意向を確認することも欠かせません。
中には「社会保険に加入すると困る」と考えている従業員がいることもあります。
必要であれば個人面談を行って、本人はどのようにしたいのか聞き出してください。

もし社会保険に加入したくないようであれば、労働時間の調整が生じる可能性もあるでしょう。
「適用拡大されたから加入させる」のではなく、従業員の意向を確認することも重要です。

準備6:行政機関に届け出る

最後に、行政機関への届出書を作成して提出します。
社会保険に新たに加入する従業員がいる場合、「被保険者資格取得届」を日本年金機構に提出しなければなりません。

日本年金機構の公式サイトからダウンロードして印刷し、必要事項を記入して提出もできますし、電子申請も行えるので、機関の営業時間内での提出が難しい場合でも、24時間いつでも提出可能です。
行政機関への届出は必ず必要であるため、なるべく早めに済ませておきましょう。

関連記事:未払い賃金の時効が3年になって企業が取るべき適切な対応について

社会保険加入の適用拡大に向けて準備を進めよう

いかがでしたでしょうか?
この記事を読んでいただくことで、社会保険加入の適用拡大についてご理解いただけたと思います。

保険加入の適用範囲が広がると、従業員・事業主ともに今までの体制ではいられなくなるかもしれません。
もちろんメリットもありますが、保険料の負担が増えるデメリットもあります。
2024年10月1日に向けて、早めに準備を進めましょう。

HRプラス社会保険労務士法人では、社会保険加入適用拡大に向けてのご相談を承っております。
その他労務DDなどのご相談はHRプラス社会保険労務士法人まで、ぜひご相談ください。

[1]参照:政府広報オンライン:パート・アルバイトの皆さんへ 社会保険の加入対象により手厚い保障が受けられます。

[2]参照:厚生労働省:(PDF)社会保険適用拡大ガイドブック

[3]参照:厚生労働省:(PDF)社会保険の適用促進対策について

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