上場を検討している法人企業の方に向けて、未払い賃金の時効が3年に延長されたことについて解説します。
民法が改正されたことにあわせて、労働基準法についても民法に合わせる形で改正され、未払い賃金の時効が2年から3年に延長されています。
そこで多くの方が疑問を抱くのは、「いつまで遡及して請求できるのか?」「どのようなケースで請求できるのか?」ということ。
今回の記事では、支払われていない分の時効が成立するケース・しないケースについてや、請求を受けた際の企業の対応について解説します。
参考にしていただければ、万が一支払われていない分があったとしても、適切な対応ができるようになるでしょう。
未払い賃金の時効が当面3年に延長
支払われていない賃金の時効が、当面「3年」に延長されることとなりました。
これまでは労働基準法により、賃金請求権の時効は「過去2年分」とされていましたが[1]、なぜ1年間延長されることになったのでしょうか?
企業側にとっては、支払われていない分を請求されるリスクが高くなる民法改正です。
単純計算をすると、今までより1.5倍の金額を請求される可能性があります。
支払われていない分の時効が3年へと延長されたのは、民法改正が発端です。
民法における債権の条項が改正されたことにより、消滅時効期間が変更になりました。
しかし民法の消滅時効期間の変更によって、労働基準法によって定められている賃金の消滅時効期間との齟齬が生じます。
そこで労働についての法律も改正され、最終的には「過去5年分を請求可能」となる予定となりました。
ただ突然「過去2年分」から「過去5年分」に変更すると、企業にとってダメージが大きくなる可能性があります。
そこで移行期間として、「過去3年分」の請求が可能となったわけです。
民法が改正された背景には、次のような理由があります。
関連記事>>未払い賃金の時効が3年になって企業が取るべき適切な対応について
民法が改正された背景
民法が改正された背景には、理由として社会や経済の変化に対応しなければなかったことがあります。
民法は120年間改正されていませんでした。
120年前の日本と現在の日本とでは、社会構造も経済も大きく変化しているはずです。
また法律として明文化されていない部分も多く、判例や解釈によって正当性が認められていた部分もありました。
そこでわかりやすく、現代の日本に適した形の民法へと改正されることになったのです。
残業代の時効が成立するケース
支払われていない分のうち、残業代の時効が成立するケースは、「現在の月から遡って3年超前に発生した場合」です。
例えば2024年6月時点で考えると、2021年5月31日分より以前の残業代については時効によって消滅します。
ただし時効が5年になったタイミングによっては、時効によって債務が消滅するタイミングも変わるかもしれません。
残業代の時効が成立しないケース
消滅時効によらず支払いが必要となるのは、「現在の月から遡って3年以内に発生した残業代」についてです。
2024年6月に請求するとすれば、2021年6月1日分からの未払い賃金について請求でき、企業は請求に応じなければなりません。
また内容証明郵便を事前に送られていたケースや、催告によって時効を一時停止させた場合も該当します。
2020年4月1日以降に発生した残業代である場合と、時効を一時停止させられた場合は3年間請求できると考えてください。
未払い賃金が問題になるケース
時効が3年となり、簿外債務が大きくなることから改めて未払い残業代が生じる原因を3つのケースについて確認しておきましょう。
問題1:割増賃金に関する問題
まずは割増賃金に関する問題を抱えているケースです。
たとえば時間外労働が多い、休日労働がある、深夜労働によって割増賃金が設定されているなどのケースが該当します。
労働時間については、割増賃金が以下のように定められています。
【割増賃金の設定】
- 時間外労働:25~50%
- 休日労働:35%
- 深夜労働:25%
特定の労働時間では上記のような割増賃金が支払われなければなりません。
しかし割増賃金が未払いであり、通常時間帯の賃金しか支払われていなかった場合は、支払われていない分の請求対象となります。
問題2:定額残業代(固定残業代)に関する問題
続いては定額残業代(固定残業代)に関する問題を抱えているケースです。
定額残業代(固定残業代)制度は、残業手当を定額であるため、給与の計算が簡単になることがメリットです。
しかし労働者にとって、定額残業代(固定残業代)が割増賃金の見合い分であることがわかりにくい形とも言えます。
そのため誤解を招き、「割増賃金であるはずなのに受け取っていない」と請求を受ける可能性もあるでしょう。
割増賃金であることを明確にするには、次の2つがポイントとなります。
【ポイント】
- 通常の賃金と定額残業代が明確に判別できること(明確区分性)
- 時間外労働をした際の賃金として支払うと明確にすること(対価性)
実際に過去の裁判においても、上記の2点が満たされていなかったことから、未払い残業代の支払いが命じられたこともあります。
定額残業代制度を採用するのであれば、上記でご紹介した2つのポイントをわかりやすくすることが重要です。
問題3:制度に関する問題
フレックスタイム制や変形労働時間制を採用している企業においては、制度に関する問題が生じることもあります。
フレックスタイム制では、残業時間がわかりにくいものです。
原則としてその月の労働時間の合計が、1ヵ月あたりの法定労働時間の総枠を超える場合、時間外労働となり割増賃金が発生します。
また、1ヵ月単位の変形労働時間制及び1年単位の変形労働時間制では、3つのパターンが割増賃金の発生条件となります。
【割増賃金発生条件】
- 1日の労働時間が8時間を超過した場合
- 1週間の労働時間合計が40時間を超えた場合
- 変形期間全体の労働時間合計が法定労働時間の総枠を超過した場合
特に1年単位の変形労働時間制は複雑な法的な要件を満たす必要があり、割増賃金未払いが起こりやすいかもしれません。
未払い賃金の延長に対して企業がとるべき対応
未払い賃金の時効が3年に延長されたことを受けて、企業は適切な対応を取らなければなりません。
対応で気をつけるべきなのは、次の3つのポイントです。
対応1:労働時間の管理方法を見直す
まずは労働時間の管理方法について見直していきましょう。
労働時間の管理は万全でしょうか?
実際に勤務した時間と賃金が、明瞭にわかるように保管されていないと、支払われていない分について、請求の対象となるかもしれません。
企業側においてできることは、従業員の労働時間を適切に把握することと、労働時間に対して支払われた賃金を明確にすることです。
タイムカードや就業規則、給与明細、シフト表、ログイン記録などを保管しておきましょう。
データが残っていれば、客観的に「支払われていない賃金はない」ことがわかります。
労働時間の管理方法が確立されていないようであれば、管理方法の見直しから行ってください。
対応2:労働時間の算定方法を見直す
労働時間の算定方法を見直すことも大切なポイントです。
所定労働時間外に行われた労働や、業務以外に使われる時間は、「労働時間」として算定されなければなりません。
たとえば以下のようなケースが当てはまります。
【労働時間として算定されるもの】
- 休憩時間中の電話対応や来客対応
- 就業時間中の研修
- 朝礼や掃除の時間
基本的に「使用者から義務付けられる時間」は、労働時間とみなされます。
そのため休憩時間中に電話対応や来客対応をしなければならなかったなら、休憩時間全体が労働時間として算定されます。
強制参加である研修や、毎日の朝礼、掃除の時間も労働時間です。
本来の業務以外に費やされない時間を労働時間外としていたり、休憩中に対応を求めたりしている企業は未払いが生じているかもしれません。
労働時間の算定方法を見直し、未払いが生じない体制を構築しましょう。
対応3:賃金の計算式を見直す
賃金の計算ミスも原因のひとつであるため、計算式を見直すことも効果的です。
たとえば割増賃金の算定基礎から含めるべき手当分が漏れていたり、1ヵ月あたりの平均所定労働時間の計算を間違えていたりすることは少なくありません。
特に起きることが多いとされるミスは、割増賃金の算定基礎に含む手当を算入していなかったというミスです。
手当には、割増賃金の算定基礎に含まれる手当と、含まれない手当があります。
そのため計算が複雑になりがちで、算入し忘れてしまうこともあるでしょう。
計算が適切に行われているか、今一度確認してみてください。
システムを利用して計算しているとしても、設定が間違っていれば計算ミスが起こり得ます。
システムの設定を見直してみることも必要かもしれません。
未払い賃金を請求されたら
もし支払われていない分を請求されたら、労務に詳しい専門機関に相談されることをおすすめします。
たとえば弁護士事務所や、社会保険労務士事務所です。
支払われていない分の請求は、ともすると不当に誤った請求であることもあり得ます。
また、対応次第では形勢が不利になることもあるでしょう。
まずは労務に詳しい機関に相談をし、適切な対応を取ることが重要です。
関連記事:残業で発生した未払い賃金の計算方法とこれが認められないケース
未払い賃金時効の3年への延長には適切な対応を
いかがでしたでしょうか?
この記事を読んでいただくことで、未払い賃金の時効が3年に延長されたことへの対策がご理解いただけたと思います。
時効の延長によって、これまでの時間外労働や割増賃金を請求される可能性は高まりました。
しかし支払い額によっては企業の資金が危うくなることもあり、不当な請求が認められてしまうケースもあるでしょう。
請求に対して適切な対応を取ることはもちろん、労務の専門機関を頼ることも有効な手段のひとつです。
HRプラス社会保険労務士法人では、労務に関する問題に幅広く対応しています。
労務DDのご相談ならHRプラス社会保険労務士法人まで、ぜひお気軽にご相談ください。
コラム監修者

特定社会保険労務士
佐藤 広一(さとう ひろかず)
<資格>
全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号
東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号
<実績>
10年以上にわたり、220件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
※2024年支援実績:労務DD22社 東証への上場4社
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証グロース:7683)
取締役(監査等委員)
株式会社Voicy監査役
経営法曹会議賛助会員
<著書・メディア監修>
『M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
『図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
『管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上
TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演