すでに退職している元従業員から未払い賃金を請求されてしまうケースがあります。このような状況になった時に「払わなければならないの?」といった疑問を持つ方もいるでしょう。
そこで、退職者から未払い賃金を請求されてしまい悩んでいる方のため、どのように対応すべきなのか解説します。
この記事を読むことによって、そもそも支払う必要があるのか、支払いに応じる際にはどういったことに注意すれば良いかがわかるようになるので、ぜひご覧ください。
退職者の未払い賃金は支払う必要がある?
労働者は、働いた分の賃金を会社から受け取る権利を持っています。
例え退職した後であっても、労働者が賃金を受け取る権利はなくなりません。
労働基準法では以下のように賃金の支払いについて定められています。
第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。 ②賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
そのため、未払い賃金を退職者から請求された場合は支払いが必要です。
なお、これは仮に数日で仕事を辞めたり、無断欠勤による突然の退職があった場合でも同じことが言えます。企業によっては無断欠勤や無断退職に対して懲戒処分などのペナルティを設けていることもありますが、こういった規定で定めていない場合は、辞める前までの賃金を支払う義務があります。
関連記事>>残業で発生した未払い賃金の計算方法とこれが認められないケース
退職者から未払い賃金を請求された場合のリスク
退職者から未払い賃金を請求された場合、早急に対応しないとリスクがあります。もし、未払い賃金に関して訴訟に発展してしまった場合は、遅延損害金がプラスされることによって在職中と比較して請求額が高額になってしまう可能性があるためです。
遅延損害金とは、期日までに支払うべき金額を支払わなかった場合に発生する損害賠償金の一種です。支払いを行わなかった期間に一定の料率を掛ける形で計算されます。
在職中の場合、遅延損害金の利率は、特別な約定がない限り年3%です。しかし、退職後の遅延損害金の利率は賃金の支払の確保等に関する法律によって年14.6%を超えない範囲と定められています。
(退職労働者の賃金に係る遅延利息) 第六条 事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金(退職手当を除く。以下この条において同じ。)の全部又は一部をその退職の日(退職の日後に支払期日が到来する賃金にあつては、当該支払期日。以下この条において同じ。)までに支払わなかつた場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年十四・六パーセントを超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。
例えば、会社に迷惑をかけるような形で退職した元社員から請求がきた場合、すぐに対応したくないという気持ちが生まれることもあるでしょう。しかし、結果的に損をしてしまう可能性が高いので、迅速な対応が必要です。
未払い賃金を退職者から請求されたら確認すべきこと
未払い賃金を退職者から請求された場合は、請求された金額をすぐに支払うのではなく、いくつか確認しなければならないことがあります。以下の5点を確認したうえで対応することが重要です。
消滅時効が成立しているか
未払い賃金を請求されたら、消滅時効を迎えていないか確認する必要があります。消滅時効とは、時効によってその権利が消滅することをいいます。
賃金請求権の消滅時効期間は2年だったものが、法改正により2020年4月1日以降に支払われる賃金に関しては消滅時効期間が5年に延長されることになりました。(※)
しかし、2年から突然5年に延長されることになると影響が大きいと考えられることから、当分の間は暫定的に3年と定められている形です。
暫定的に3年と定められていますが、今後5年に延長される可能性もあります。
消滅時効が成立している場合は支払わなくて良いことになるので、よく確認しておきましょう。
消滅時効が成立している場合は、時効の完成を主張する時効の援用を行い、相手に時効が成立したため支払いができない旨を伝える必要があります。
口頭で伝えるだけでも構いませんが、時効の援用を行った事実と日付を証明するために、時効援用通知書を内容証明郵便で送ることが推奨されます。
(※)参考:(PDF)厚生労働省:未払賃金が請求できる期間などが延長されます[PDF]
労働時間が客観的事実と一致しているか
請求の内容が必ずしも正しいとは限りません。わざと多く労働時間を計上して請求されてしまう可能性もあるでしょう。
そのため、労働時間が客観的事実と一致しているか確認する必要があります。
ポイントになるのは、会社側の指揮命令下にある労働時間であるかです。
例えば、早出残業分の未払い残業代を請求されたとします。しかし、そもそも早朝出勤の必要がなく、例えば、早朝出勤していたとしても、業務をせずタバコを吸って過ごしていた場合などは労働時間に該当しません。
このようなケースでは減額に関する主張が可能です。
固定残業手当を導入しているか
固定残業手当とは、みなし残業代とも呼ばれ、固定給に残業代が含まれる契約のことです。固定残業手当を導入している場合は残業代の未払い請求をされた場合に、すでに支払い済みであるといった反論する余地があります。
残業禁止命令が出ていたか
従業員が勝手に不必要な残業を行い、その残業代を未払い分として請求するケースがあります。こういった場合、残業禁止命令を出したうえで適切に対応していれば請求を拒否できる可能性が高くなります。
適切な対応とは、残業をした従業員に対し、別の従業員に作業を引き継ぐ指示をしておくなど、残業をしなくて済むような対応のことです。
例えば、業務が多く、残業をしなければ期限が間に合わない場合があります。仕事量が多いだけでなく、残業をしなければ期限が間に合わない、またはノルマを達成できない場合も同様です。
このようなケースでは暗黙の指示とも呼べる「黙示の残業命令」があったと判断されます。
こういった形で残業を黙認していた場合は、残業禁止命令を出していたとしても請求の拒否が認められない可能性が高いです。
残業禁止命令を出すのであれば、残業をしなくて済むような状況を整えなければなりません。
残業禁止命令を出しても残業が行われる状況を防ぐには、従業員がなぜ残業を行っているのか理由を明確にすることが求められます。そのうえで必要のない残業である場合は、注意しても残業を続ける社員に対して懲戒処分の検討を行うことが重要です。
または残業が必要な場合は事前にそれを上司に届け出て承認を受ける「残業許可制」を採用しておくのも良いでしょう。
管理監督者であるか
労働の現場において、監督もしくは管理の地位にある人物が「管理監督者」です。
この管理監督者には法定労働時間や休憩、休日、時間外および休日の労働などを規定する法定労働時間が適用されません。そのため、未払い賃金を請求している退職者が管理監督者であった場合は残業代を請求されても支払う必要がないということになります。
管理監督者であった人がこのルールを知らず未払いとして請求するケースもあるので、注意しておきましょう。
なお、その人物が本当に「管理監督者」に該当しているかどうかを判断するのは難しい点です。
これは、残業代の支払いを避けるために実際には管理監督者ではない人物を管理監督者としている企業もあるためです。
注意点として「管理職=管理監督者」ではありません。たとえば、管理監督者は企業の経営に関わる、または労務管理を行うなど、実際の立場によって判断されます。このあたりは判断が非常に難しいので、弁護士などの専門家に相談すると良いでしょう。
企業側で管理監督者であると考えていたとしても、法律上は管理監督者として認められない場合は法定労働時間が適用されることになります。
参考:(PDF)日本労働組合総連合会:Q&A労働基準法の「管理監督者」とは?[PDF]
退職者から未払い賃金を請求されないための対策
未払い賃金の請求を避けるためには、あらかじめ対策を取っておくことが重要です。
客観的に労働時間を把握することや、人事労務に詳しい専門家に相談することなど、対策を事前に講じることが重要です。それぞれ解説します。
対策①客観的に労働時間を把握する
まず行いたいのが、客観的に労働時間を把握する作業です。労働時間を正しく把握しておけば、仮に退職した従業員から未払い賃金の請求があったとしても、その請求時間が正しいか判断できるようになります。
そもそも、客観的な記録による労働時間の把握は、法的義務です。(※)
もともと、ガイドラインで取り決めとして定められていましたが、2019年の4月から法的義務に変わっています。罰則規定はありませんが、正しく労働時間を把握していない場合は法令違反是正勧告の対象となるので注意しましょう。
労働時間を把握する方法はさまざまです。タイムカードやパソコンの使用時間の記録、事業者の現認など、適した方法で把握していかなければなりません。効率的に労働時間を客観的に把握するためには、勤怠管理ツールを導入したり、現在使用しているツールを見直したりすることが有効です。
なお、管理監督者の場合は法定労働時間が適用されないと紹介しましたが、労働時間の把握については対象です。
参考:(PDF)出雲労働基準監督署:参照元ページ名称労働者を雇用する事業主・人事労務担当者の皆さまへ[PDF]
対策②人事労務に詳しい専門家に相談する
未払い請求が発生するリスクを避けるために、あらかじめ人事労務に詳しい専門家に相談しておくのがおすすめです。
相談には費用が発生するため、デメリットに感じる場合もあります。しかし、未払い請求を避けるための適切な対策が取られていない場合、将来的にそれ以上の金額を請求されるリスクが高まります。
自社では完璧に対策を取っているつもりでも抜けている部分があるかもしれません。現在の対策に問題がないか、専門家に確認してもらうことをおすすめします。
未払い賃金を請求されたら正しく対応を
いかがだったでしょうか。今回は退職者から未払い賃金の請求をされた場合の対応や注意点について解説しました。どのようなポイントに注目すれば良いかご理解いただけたのではないでしょうか。
特に労働時間が客観的事実と一致しているか、請求者が管理監督者に該当するかについては判断が難しいポイントでもあります。
未払い賃金の請求でお困りの場合は、HRプラス社会保険労務士法人にご相談ください。急ぎの対応が必要な場合にも、24時間以内に返信いたします。
コラム監修者
特定社会保険労務士
佐藤 広一(さとう ひろかず)
<資格>
全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号
東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号
<実績>
10年にわたり、200件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証グロース:7683)
取締役(監査等委員)
株式会社Voicy監査役
経営法曹会議賛助会員
<著書・メディア監修>
『M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
『図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
『管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上
TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演
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