近年はさまざまなシーンでハラスメントが騒がれるようになり、特に人事担当は、社内で発生するハラスメント対策に注力する必要があります。
しかし、「そもそもハラスメントについてよく理解しておらず、対策が取れていない」という方もいるかもしれません。
そこで、ハラスメントの中でも特に注意が必要なパワハラについて解説します。この記事を読むことによってパワハラの詳細や対策、どのようなことに注意すべきかなどがわかるようになるので、ぜひご覧ください。
どこからがパワハラにあたるのか
ハラスメントの中でもパワハラについて考える際、頭を抱えてしまうのが、そもそもどこからがパワハラに該当するのかについてです。
些細なことでもパワハラと認識されてしまうと、適切な指導ができなくなり、業務の進行に支障をきたす可能性があります。これでは問題があるため、厚生労働省が発表しているパワハラの定義を確認しましょう。
パワハラの定義
厚生労働省が発表する職場におけるパワハラの定義は、以下の3つです。 【3つの定義】
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 労働者の就業環境が害されるもの
参考:(PDF)厚生労働省:労働施策総合推進法に基づく「パワーハラスメント防止措置」が中小企業の事業主にも義務化されます![PDF]
これらをすべて満たす行為がパワハラであると定義されています。それぞれについて詳しく解説します。
優越的な関係を背景とした言動
優越的な関係とは、一般的に部下から見た上司の関係が挙げられます。職場において地位が上の人は、下の人と比較して優越的な関係にあるといえます。
ただし、該当するのは上司だけではありません。例えば、同僚であっても、その人がいなければ業務が滞る場合は、その人が優越的な関係にあると考えられます。
他にも、学歴が高い人や専門性を持つ人など、地位の優位性に関係する要素はさまざまです。
地位を利用して行われる行為や言動が『優越的な関係を背景とした言動』に該当します。また、上司を陥れる目的で部下が「上司から嫌がらせされている」と訴える行為も自分の地位を利用したパワハラといえます。
業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
「業務上必要かつ相当な範囲」がどこまでなのかは判断が難しい部分もあります。ですが、明らかに業務上必要のない言動や業務を遂行するためとはいえ適切ではない言動などは、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものと判断できます。
一般常識から見て考えるとわかりやすいでしょう。 例えば、1人では到底対応できないような大量の仕事を押し付けたり、必要のない休日出勤を強制したりするような場合もこちらの定義に該当します。
なお、業務上必要かつ相当な範囲に該当するものであったとしても、過剰な叱責や侮辱が含まれる場合は業務上必要かつ相当な範囲を超えていると評価される可能性が高いです。
労働者の就業環境が害されるもの
その言動が労働者の就業環境に影響してしまうようなことは、パワハラの定義に該当します。
例えば、人格を否定するような言動や必要以上に繰り返し叱責を行う行為が該当します。
上司からひどく否定される言葉を繰り返し投げかけられると、出社することに恐怖を覚えてしまうでしょう。労働者の就業環境が害される行為に該当します。
パワハラ防止措置が2022年4月から中小企業も義務化
2020年6月にパワハラについて定めた「パワハラ防止法」が施行されました。当初は大企業のみが対象となっていたのですが、2022年4月からは適用される範囲が拡大され、中小企業も対象となっています。
そのため、中小企業もパワハラについて理解を深め、パワハラにつながる行為が行われないように対応していかなければなりません。
パワハラ防止法とは?
パワハラ防止法の正式名称は「改正労働施策総合推進法」といいます。紹介した「優越的な関係を背景とした言動」「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」「労働者の就業環境が害されるもの」の3つの条件を満たすことを防止するための法律です。
これらの3つの条件は、職場におけるパワーハラスメントの定義として規定されています。注意すべき点として、ここでの『職場』には社内だけでなく、出張先や業務で利用する車中なども含まれます。
社員寮や通勤中など、実質的に職務と関連しているものはすべて該当すると考えられます。
対象に追加された「中小企業」の定義
2022年4月からパワハラ防止法の対象となった中小企業は、以下のように定義されています。
業種分類 | 中小企業基本法における定義 |
製造業その他 | 資本金の額または出資の総額が3億円以下の会社または常時利用している労働者数が300人以下の会社・個人 |
卸売業 | 資本金の額または出資の総額が1億円以下の会社または常時利用している労働者数が100人以下の会社・個人 |
小売業 | 資本金の額または出資の総額が5千万円以下の会社または常時利用している労働者数が50人以下の会社・個人 |
サービス業 | 資本金の額または出資の総額が5千万円以下の会社または常時利用している労働者数が100人以下の会社・個人 |
なお、こちらはハラスメント対策における中小企業の定義であり、その他の制度や法令では定義が異なる場合もあります。
関連記事>>ハラスメント(パワハラ)における会社の責任と講じておくべき措置
違反した場合の罰則はあるの?
仮にパワハラ防止法に違反したとしても、罰則はありません。しかし、パワハラが発生した企業には、行政から助言・指導、または勧告が行われます。
また、勧告を受けたにも関わらず従わなかった場合は企業名が公表できると定められているため、企業には適切な対応が求められます。
第十一章 雑則 (助言、指導及び勧告並びに公表) 第三十三条 厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、助言、指導又は勧告をすることができる。 2 厚生労働大臣は、第三十条の二第一項及び第二項(第三十条の五第二項及び第三十条の六第二項において準用する場合を含む。第三十五条及び第三十六条第一項において同じ。)の規定に違反している事業主に対し、前項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる。
当然ながらパワハラを行っていたことが消費者や取引先などに知られてしまった場合はイメージダウンにつながることから、企業は大きなダメージを受けることになるでしょう。
また、パワハラが発生した場合、行政は企業に対し、その対応措置に関する報告を求めることができます。報告を求められたにもかかわらず適切に対応しなかったり、嘘の報告をしたりした場合は20万円以下の過料が科されるとされています。
第四十一条 第三十六条第一項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をした者は、二十万円以下の過料に処する。
さらに、民放では以下のように定めています。
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。 3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
つまり、社内でパワハラがあることを知っていたものの、何も対策を取らずに放置していたような場合は民法における不法行為責任に問われる可能性があります。
このようにさまざまなリスクがあるので、適切に対応することが望ましいでしょう。
「パワハラ防止法」と中小企業が対応すべき4つの防止措置
パワハラ防止法において、中小企業は以下の4つに取り組まなければなりません。
【必要な取り組み】
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
- 上記の措置と合わせて講ずべき措置
それぞれ解説していきます。
①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
パワハラ防止のための対策は、経営者だけではなく、会社全体で取り組む必要があります。そこで、事業主としてはどのような形でパワハラ防止に取り組んでいくのか方針として明確化することが求められます。
そのうえで労働者全体に伝わるように周知していかなければなりません。
例えば、社内報で情報をわかりやすく発信したり、啓発用の小冊子を作成・配布したりする方法が効果的です。労働者一人ひとりがパワハラの範囲や原因、予防のための対策を理解することも求められます。
パワハラに関する研修や講習を実施することも重要です。
また、就業規則には仮にパワハラを行った人がいた場合、どういった懲戒処分がされることになるのか明記することも求められます。労働者がパワハラは懲戒規定の適用対象になることを理解しておけば、抑止力にもつながります。
企業として「パワハラは絶対に許さない」といった方針を示すことが重要です。これにより、労働者一人ひとりがパワハラにつながる行為をしないように気をつけることに繋がりますし、仮に被害を受けた人がいたとしても「会社側が守ってくれる」との認識につながりやすくなります。
②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
労働者からパワハラの報告があった場合、その相談には適切に対応する必要があります。実際に本人がパワハラを受けている場合だけではなく、パワハラをしてしまった、パワハラを見た・聞いたなど、さまざまな相談が考えられます。
特に、自身や周囲が被害を受けている学習者は、『パワハラを報告することで加害者の耳に入り、被害がさらに拡大するのではないか』という不安を抱えることが多いです。
いかにして安心して相談できる環境を整えるかが重要になります。
社内に相談窓口を設置するのも良いのですが、社内で対応するとなるとやはり加害者側の耳に入ってしまうのではないかといった不安は拭いきれません。より安心して相談できる窓口を設置するためには、外部の専門家に委託する方法も考えられます。
事業者側がパワハラを許さない方針を明確に周知することで、被害に遭った労働者も相談しやすくなります。
③職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
パワハラが発生した場合には、迅速かつ適切な対応が求められます。
被害に関する報告や相談があったらすぐに加害者を処分するのではなく、まずは事実関係の確認が必要です。そのうえで加害者に対する懲戒処分を検討する必要があります。
被害者への適切なケアも重要です。なぜパワハラが起こってしまったのか原因を追究し、再発防止策を取ることも欠かせません。なお、加害者と被害者が引き続き同じ環境で働き続ける場合、特に被害者は居心地の悪さを感じてしまうことも考えられます。
配置転換の希望があった場合には、それに対応できる体制を整える必要があります。
④上記の措置と合わせて講ずべき措置
相談者が相談したことによって、さらなる被害を受けるようなことは避けなければなりません。プライバシー保護について検討し、マニュアルなどに定めておくことが求められます。
相談窓口の担当者が外部に情報を漏らさないよう、プライバシー保護に必要な研修を実施することが重要です。
もちろん、相談したことによって相談者が不利益な扱いを受けることがあってはいけません。例えば、職場内での待遇が悪化したり、不当な解雇を受けたりすることです。
企業としては、万が一パワハラが発生してしまった場合でも適切に対処するための体制を整えておきましょう。
パワハラ防止対策を実施するメリット
パワハラ防止対策は非常に難しい部分もあり、しっかり整備していくためには時間やコストもかかります。ですが、適切に対策を実施することにより、以下のようなメリットがあります。
メリット①生産性が向上する
一人ひとりの労働者が向上心を持ち、仕事に取り組むためには、職場環境が整備されている必要があります。パワハラが行われている環境下では、生産性が低下することが避けられません。
パワハラ防止対策を実施することにより、労働者にとって働きやすい環境が整い、生産性の向上が期待できます。
パワハラの被害を受けるのは、実際に被害者となっている人だけではありません。それを見聞きしている人も気持ちが落ち込んでしまうほか「自分も被害者になってしまうのではないか」と、恐怖を感じて仕事に身が入らなくなってしまうこともあります。
職場環境を良好に保つためにも、パワハラ防止対策を実施する必要があります。
メリット②人材の定着や獲得につながる
企業としてパワハラと適切に向き合い、対策をとることによって、パワハラを原因とした労働者の離職を防ぐ効果が期待できます。横暴な上司の行動が原因で労働者が次々と退職する職場では、人材の定着は難しくなります。
採用活動を行うことになれば、コストもかかります。パワハラ防止対策を実施することで、人材の定着が期待できます。
また、安心して働ける職場であることが周知できれば、新たな人材の獲得にもつながります。
メリット③訴訟リスクを回避できる
パワハラに対して適切に対処できなかった場合は、労働者から訴えられてしまうリスクがあります。
訴えの対象がパワハラを行った本人であれ企業であれ、企業のイメージが損なわれることは避けられません。
場合によっては、適切な対処を行わなかった会社に対し、高額な損害賠償が命じられる可能性もあります。
このような状況になれば取引先との関係性も悪くなってしまうでしょう。適切な対応を行うことで、訴訟リスクを回避することが可能です。
中小企業がパワハラ防止法に対応する際の注意点
実際に中小企業がパワハラ防止法に対応していくためには、どのように取り組んでいけば良いのでしょうか。
ここでは行わなければならないことと、対応する上での注意点を解説します。
①対応マニュアルの作成
パワハラなどハラスメントに関する対応はマニュアル化しましょう。相談窓口を設置しても、対応方法が定められていない場合には、適切な対応が行えません。
相談を受けた担当者によって対応が異なるのは問題です。会社として担当者のうち誰がいつ相談を受けたとしても同じ対応ができるようにマニュアルを作成しておきましょう。
内容によっては、複数回に渡って相談を受けることもあります。マニュアルではその際に対応する担当者が異なる場合でも適切に引き継ぎできるように定めておくことも重要です。
②相談窓口の設置
ハラスメントに関する相談窓口を設置しておきます。ここで注意しなければならないのが、中立な立場となる窓口を設置することです。
被害者と加害者のどちらか一方に近い立場の窓口であった場合、適切に対応できません。
自社で対応が難しい場合には、外部に相談窓口を委託することも有効です。また、相談する際は直接窓口を訪問するとなると勇気が出ない方が多いので、電話やメールなど、相談しやすい方法を用意しておくことも求められます。
相談窓口の設置は目的ではなく、適切な対応を行うための手段です。窓口を設置しただけで対応を終えたと考えないようにすることが重要です。
③相談対応やカウンセリングの実施
ハラスメントに関する相談があった場合は、適切に対応します。具体的な対応手順はマニュアルに明記しておく必要があります。
カウンセリングは、被害者である相談者と加害者側の双方に実施します。
④調査・処分の決定
相談対応やカウンセリングを通して、調査を進めていきます。事実関係の確認は必ず行わなければなりません。
近年はスマホで手軽に録画や録音ができるようになり、被害者や被害を見聞きしている他の労働者が証拠を残しやすくなりました。証拠がある場合は、適切に確認する必要があります。
相談者である被害者の同意を得たうえで、加害者や周囲の労働者に対して事実確認を実施します。必ず相談者に対して、先に承諾を得ておくことが重要です。
加害者や周囲の労働者にヒアリングを行う際も、被害者・加害者のどちらか一方に偏るのではなく、中立的な立場での事実確認が必要です。
パワハラの事実が確認された場合は、加害者に対する処分などの措置を行うことになります。減給や降格、出勤停止のほか、被害者に対する謝罪などが代表的です。
なお、パワハラを理由に解雇する場合は後から裁判所によって不当解雇と判断されて企業側が敗訴してしまうこともあります。解雇を検討する場合には、事前に十分な調査を行い、トラブルを未然に防ぐ必要があります。
⑤再発防止
加害者に対して処分を決定したらそれで終わりではなく、再発防止の対策が必要です。ハラスメントが起こってしまった原因や今後ハラスメントにつながりそうな要素を考え、対応していきましょう。
再発を防ぐために、対応方針や懲戒処分について改めて周知することが重要です。
社内だけでは対応が難しい部分もある
いかがだったでしょうか。企業が注意しておかなければならないハラスメント対策について紹介しました。中小企業もパワハラ防止法の対象となるので、適切に対応していかなければなりません。
しかし、専門的な知識が必要となるため、社内での対応が難しいケースも多く見られます。
ハラスメント対策についてお困りのことがある場合は、HRプラス社会保険労務士法人までご相談ください。これまでの専門的な知識と経験を活かし、各企業に寄り添った対応を提供しております。
コラム監修者
特定社会保険労務士
佐藤 広一(さとう ひろかず)
<資格>
全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号
東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号
<実績>
10年にわたり、200件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証グロース:7683)
取締役(監査等委員)
株式会社Voicy監査役
経営法曹会議賛助会員
<著書・メディア監修>
『M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
『図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
『管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上
TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演
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