M&Aを検討している人事労務担当の方に向けて、帳簿に計上されていない負債について解説します。
M&Aでのリスクを知っておくためには、簿外債務についての知識を備えておくことが重要となります。しかし「具体的な簿外債務とは?」「帳簿外の負債によるM&Aの失敗事例は?」と、具体的な内容が分かりにくいと感じる方も多いでしょう。
そこで今回の記事では、簿外債務について発生の原因やM&Aでのリスク回避方法について解説します。
参考にしていただければ、債務を見つけるための方法や発見したときの正しい対応についてご理解いただけるはずです。
簿外債務とは
簿外債務とは、帳簿に計上されていない債務を指します。「偶発債務」と呼ばれることもあります。
債務は一般的に、貸借対照表に記載されます。しかし簿外債務は貸借対照表を確認しても把握できません。資産と負債が噛み合わない「オフバランス」の状態になってしまいます。
中小企業では、帳簿に計上されていない負債を抱えているケースが多いとされています。 以上のように簿外債務とは、貸借対照表に計上されず、把握しにくい負債のことを指します。
簿外債務の種類
帳簿外の負債にはさまざまな種類があります。これからM&Aを考える際に把握しておくべきですので、それぞれの種類と特徴を把握しておくことが重要です。
1.賞与引当金
「賞与引当金」とは、従業員に支払われる予定であるボーナスや賞与のことです。 賞与を支払う予定であるのに、貸借対照表に「賞与引当金」の科目がない場合は帳簿外の負債となります。
たとえば賞与引当金を計上せず、賞与の支払い時にのみ処理する企業も存在します。支払いのタイミングでしか計上されない場合、支払い前には帳簿に反映されず、簿外債務として扱われます。
2.退職給付引当金
続いては「退職給付引当金」です。賞与引当金と同じ考え方で、「退職引当金」の科目が帳簿に記載されず、実際に支払ったときに計上されることにより生じます。
また退職給付引当金は損金として計上できません。そのため帳簿外の負債となりやすい科目のひとつです。
M&Aの際には「まだ支払われていないけれど将来的に支払われる予定の退職金」の有無を確認することが重要でしょう。
3.未払残業代
「未払残業代」も簿外債務となりやすい科目です。企業が支払っていない残業代のことを指します。
残業をした従業員がいたのであれば、企業は適正な残業代を支払わなければなりません。労働基準法によって、時間外労働が生じた際には残業時間ごとの割増率に応じた残業代を支払うよう定められています。
種類 | 支払う条件 | 割増率 |
時間外 (時間外手当・残業手当) | 法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えたとき | 25%以上 |
時間外労働が限度時間(1か月45時間、1年360時間等)を超えたとき | 25%以上 | |
時間外労働が1か月60時間を超えたとき(※2) | 50%以上 |
出典:厚生労働省:(PDF)しっかりマスター労働基準法-割増賃金編-
しかし企業が従業員の労働時間を把握していないなど、サービス残業が常態化している企業では帳簿外の負債になることがあります。
過去に遡って確認した結果、多額の未払残業代が判明することもあります。 残業代は本来支払わなければならないものであるため、帳簿外の負債となってしまいます。
4.未払社会保険料
未払いの社会保険料も、簿外債務として多く見受けられます。特にパートタイムや有期雇用労働者への未払いが多く見られます。
もしパートタイムや有期雇用労働者の雇用が多いようであれば、多額の未払社会保険料が発生している可能性もあります。
厚生年金保険料・健康保険料などの未払いがないか、調査をする必要があります。
5.計上漏れしている買掛金
計上漏れによって買掛金が帳簿に反映されていないこともあります。
本来であれば、買掛金は発生した時点で計上されなければならないものです。 仕入れを行ったにも関わらず、経理まで仕入れの情報が伝わらなかったときに生じることが多い帳簿外の負債です。また支払いが終わっていないときにも発生する可能性があります。
買掛金は貸借対照表に記載しなければならないものですが、帳簿外の負債として見落とされやすい点にも注意が必要です。
6.リース債務
続いてはリース債務についてです。リース契約をしている場合、リース資産とリース債務を計上しなければなりません。しかし賃貸借取引として処理している場合、簿外債務として扱われることがあります。
リース契約によって生じた債務は、契約が長期にわたる場合、高額になっている可能性もあるでしょう。M&Aの際にリース契約があったなら、帳簿外の負債の有無とともに契約期間も把握するようにしてください。
7.債務保証
保証人となっているにもかかわらず、引当金が計上されていないケースです。
保証人となった場合、債務不履行があった場合に備えて債務を負担する必要があり、引上金を計上しなければなりません。そこで計上が行われていなかった場合、帳簿外の負債となり保証の有無が確認できなくなる恐れがあります。
万が一M&Aの際に発覚しないと、後にトラブルへ発展する可能性があります。もしあるようなら、M&Aの前に保証を外してもらうなどの対応が必要となるでしょう。
8.訴訟リスク
訴訟リスクも債務のひとつとなります。たとえばM&Aのタイミングで進行されている訴訟や、将来的に発生する可能性のある訴訟などです。
リスクがあるならM&Aの際に隠されることがあってはなりません。M&Aが完了した後に損害賠償請求が行われることもあるでしょう。
訴訟リスクは債務に数えられながら、決算書に記載されないものです。調査を綿密に行い、リスクをチェックすることは欠かせません。
簿外債務が生じる原因
帳簿外の負債が生じる原因は、主に次の二つに分類されます。
【原因】
- M&Aを有利に進めるための意図的な隠蔽
- 会計基準が違うことによる偶発債務
意図的な隠蔽は、M&Aを有利に進めるため、資産を多く負債を少なく見せるよう、貸借対照表に計上しないケースです。
しかし中小企業と大企業では、会計基準が違うことも少なくありません。そのため「将来的に発生する債務」を計上しないことによって、偶発債務が生じる可能性もあります。 たとえば退職給付引上金を計上せず、退職金が発生した時点で計上するのは偶発債務です。
帳簿外の負債が生じる原因には、意図的な隠蔽によるものと、偶発的に発生するものの二つがあります。
簿外債務のリスクを回避する方法
M&Aを成功させるには、簿外債務のリスクを回避する必要があると言えるでしょう。それではリスクを回避するには、どのような対策を講じる必要があるのでしょうか。
帳簿外の負債のリスクを回避する2つの方法について解説します。
方法1:デューデリジェンスを徹底する
リスクを避けるためにはまず、調査を徹底することが重要となります。確認がなければ債務を引き継いでしまう可能性があります。
そのため会計・財務・法務・人事など、帳簿外の負債が生じる可能性のある部署に対し、調査を行いましょう。弁護士や公認会計士、税理士とともに調査することによって、事前にリスクを発見できるかもしれません。
M&Aに際してリスクを避けるには、まず調査の徹底が求められます。
方法2:表明保証を設定する
表明保証を設定するのも有効な方法です。表明保証とは、売り手側が開示情報に虚偽がないことを保証する制度のことを指します。
- M&Aにおいては、売り手側が買い手側に対して対象企業の財務や法務等に関する開示事項に虚偽がないことを表明、保証し、売り手側が当該保証に違反した場合には、買い手側が被る損害に対して金銭的な補償を行う義務を負う、いわゆる「表明保証」を行うことが一般的。
- また、損害保険会社が提供する表明保証保険は、買い手側、売り手側が表明保証や補償責任の範囲について合意できず、交渉が決裂する事態を回避するための手段の1つであり、中小M&Aの交渉を円滑に進めるための有効なツール。
つまり売り手側によって、開示情報に虚偽がないと保証されることが表明保証です。もし虚偽があった場合は、売り手側が買い手側に対しての補償が義務づけられます。
M&Aの際に表明保証があれば、万が一帳簿外の負債があったとしても不安が軽減されます。調査で発見できなかった場合でも、補償によって不利益を回避できる可能性があります。
簿外債務が発覚した際の対応
調査によってもし簿外債務が発覚した場合の対応について解説します。M&Aの際に帳簿外の負債がある場合、買い手側に不利益が及ぶことが多いため、対応方法を十分に検討したうえで、M&Aを進める必要があります。
対応1:M&Aを実施しない
最もシンプルな対応方法は、M&Aを実施しないことです。
M&Aによって買収が行われれば、売り手側企業のすべてを引き継ぐことになります。もちろん簿外債務も例外ではありません。
帳簿に計上されていなかった債務を引き継ぐことは、買い手側にとって大きな不利益につながる可能性があります。予期していなかったトラブルを防ぐため、もし発覚したらM&Aを行わないのが最も簡単な対処法でしょう。
対応2:買収価格を調整する
もし帳簿外の負債が発覚した場合、買収価格を調整する方法もあります。買収価格を減額し、債務分の損失を補填する方法が取られます。
たとえば3,000万円の帳簿外の負債がある企業であれば、当初に提示した買収価格から3,000万円を差し引くことが妥当でしょう。
減額されなければ、買い手側が後に損失を被ってしまうことになります。M&Aにおける公平性を確保するためにも、買収価格の調整は有効な方法です。
対応3:M&A後の場合は表明保証の内容を実行する
M&Aが終わった後に帳簿外の負債が発覚したのであれば、表明保証の内容を実行してください。表明保証を設定しておけば、M&A後であっても条件に応じた損害賠償の請求が可能となります。
最終契約書に記載されている内容によって、表明保証の条件は変わります。M&A後の簿外債務発覚のリスクを考えるなら、最終契約書の内容をよく確認してください。双方が納得できるよう、売り手側との協議を十分に行っておくことが重要です。
簿外債務の把握には専門家に協力を仰ぐのがおすすめ
帳簿外の負債を事前に把握するには、専門家に協力を仰ぐようにすることをおすすめします。
会計や財務の知識がある方であれば、簿外債務の把握もしやすいでしょう。しかし専門的な知識がなければ、見落としてしまうこともあるかもしれません。
たとえばM&Aに関する知識や経験が豊富なアドバイザーに協力を求めれば、その後のリスクや余分な損失を抑えられるでしょう。 M&Aにおける大きなリスクとなり得る帳簿外の負債。あらかじめ把握するには専門家に相談することを推奨します。
簿外債務はM&Aのリスクのひとつ
いかがでしたでしょうか?この記事を読んでいただくことで、簿外債務についてご理解いただけたと思います。
帳簿外の負債は貸借対照表を確認しても把握できない債務であり、M&Aにおける大きなリスクのひとつであると言えるでしょう。
事前に把握するには、M&Aに関する専門知識を持つアドバイザーに相談することが最善です。
HRプラス社会保険労務士法人では、労務調査に特化した支援を行い、M&Aの成功に貢献しています。M&Aを実施するなら、まずはわたくしどもにお気軽にご相談ください。
コラム監修者

特定社会保険労務士
佐藤 広一(さとう ひろかず)
<資格>
全国社会保険労務士会連合会 登録番号 13000143号
東京都社会保険労務士会 会員番号 1314001号
<実績>
10年以上にわたり、220件以上のIPOサポート
社外役員・ボードメンバーとしての上場経験
※2024年支援実績:労務DD22社 東証への上場4社
アイティメディア株式会社(東証プライム:2148)
取締役(監査等委員)
株式会社ダブルエー(東証グロース:7683)
取締役(監査等委員)
株式会社Voicy監査役
経営法曹会議賛助会員
<著書・メディア監修>
『M&Aと統合プロセス 人事労務ガイドブック』(労働新聞社)
『図解でハッキリわかる 労働時間、休日・休暇の実務』(日本実業出版社)
『管理職になるとき これだけはしっておきたい労務管理』(アニモ出版)他40冊以上
TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』監修
日本テレビドラマ『ダンダリン』監修
フジTV番組『ノンストップ』出演