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公開日:2024.06.28

更新日:2024.09.02

IPO時の労務監査と確認すべき労務リスク

IPO(株式上場)を目指す企業にとって労務管理は、企業の信頼性や社会的責任に関わる、とても大切な問題です。

本記事では、IPOにおける労務監査の意義や、依頼先、気を付けたい労務リスクなどを解説します。

労務監査とは?

 

労務監査とは、法令や規則に則って、企業の労務状況が適切に整備されているかどうかを調査する、いわば労働環境の点検・メンテナンスです。

企業の労務状況を点検し、問題点を修正することで、従業員のモチベーションを高め、生産性が上がり、結果的に企業価値の向上が見込まれます。

労務監査は、内部監査(企業内の専門家が行う)や外部監査(専門の監査業者)など、さまざまな形態で実施されます。

具体的な調査内容は、就業規則の遵守、賃金や労働時間の管理、健康・安全管理、労災防止などです。

関連記事:労働問題とは?労務に関するトラブルと対策方法を詳しく解説

なぜ上場(IPO)準備に労務監査は必要なのか

 

労務監査は、IPO(株式上場)準備にあたって義務ではありません。

しかし近年は、企業の労働環境の見直しが重視されています。そのためIPOにおいても、専門家(社労士など)による労務監査を受けるよう、主幹事証券会社から依頼されることが増えています。

IPO(上場)のための審査基準は非常に厳しく、法令違反があると上場することができません。

証券取引所による上場審査に通過するためには、労務監査の実施が不可欠です。

労務監査によって、企業の労働環境や待遇、法令遵守状況などを洗い出し、問題があれば改善策が提案されます。

投資家は、企業が適切に労務管理を行っているかどうかに関心を示します。

労務監査によって改善された労務状況は、企業価値の向上、投資家からの信頼獲得につながります。IPOにおいて労務監査は、上場後のリスクを最小限に抑えるためにも不可欠です。

労務監査が必要なタイミング

 

IPO準備において、労務監査が必要とされるタイミングは、以下の2回です。

  • 監査法人によるショートレビュー前(直前々々期・N-3/申請期の3期前)
  • 上場申請の前の直前期(N-1/申請期の1期前)

まず、監査法人によるショートレビュー(株式上場に向けての課題を抽出する予備調査)を受ける前に、最初の労務監査を行います。これは、労務状況の課題をあらかじめ洗い出し、労務環境改善に取り組んでおくことで、監査法人に選んでもらいやすくなるためです。

近年、監査法人は、深刻な人手不足の問題もあり、負担軽減のためにもできる限り課題やトラブルの少ない企業を選ぶ傾向があります。そのため、労務状況がある程度整えられ、IPOにスムーズに取り組めるような企業が選ばれやすいといわれています。

さらに、上場申請前の直前期(N-1)にも、労務監査を行います。これは、最新の法律や規定に則った状態で上場審査に進めるよう、労務状況を万全の状態に整えておくためです。

労務監査の依頼先

 

労務監査は、各種の法令や労働問題に関して、専門的な知識が求められます。

労務の問題には、人事・労務に関する法律や制度に精通した社会保険労務士(社労士)に依頼するのが一般的です。

社労士は、企業における従業員の福利厚生や労働環境の改善など、労務状況が法令に適合しているかどうかをチェックし、アドバイスや支援を行います。

また労務監査は、弁護士事務所やコンサルティング会社に依頼することもあります。

労務監査を依頼する際には、業種や企業規模によって得意分野や対応力も異なるため、自社のニーズに合った依頼先を選ぶことが重要です。

IPO準備企業が気を付けたい労務リスク

IPO準備を進める企業は、以下のような労務リスクに直面します。

  • 費用関連のリスク
  • 訴訟関連のリスク
  • 行政指導関連のリスク

労務管理で気を付けたいリスクについて解説します。

費用関連のリスク

IPOには多くの労務リスクがありますが、その中でも費用関連のリスクは、予想以上に高額になることが多く、企業に大きな負担がかかります。

その中には、簿外債務(貸借対照表に記載されない債務)が発覚するものもあり、IPOの監査で問題になります。

未払い残業代

労働時間の管理方法が不適切

割増賃金の計算方法の誤り

名ばかり管理職問題(管理職とされ残業代が発生しないもの)

未払い社会保険料

従業員の社会保険未加入

(特にパート、アルバイト)

代休の残日数 「代休」や「振替休日」の不適切運用

未払い残業代

IPO準備企業が気を付けるべき労務リスクの中でも、最も重要で深刻な問題が「未払い残業代問題」です。

未払い残業代問題が発生する背景には、以下のようなさまざまな原因があります。

  • 労働時間の管理方法が不適切
  • 割増賃金の計算方法の誤り
  • 名ばかり管理職問題(管理職とされ残業代が発生しないもの。労働基準法41条「管理監督者」)
  • 参照:労基法 41 条 2 号の管理監督者の該当性

未払い残業代問題が発覚すると、企業は原則として2年分を遡って未払い分を支払わなければなりません。退職者を含め、多数の社員に未払い問題があった場合、数千万円〜億単位の簿外債務が発生することもあります。

未払い残業代問題が発覚すると、当然IPOの審査も停止してしまいます。

未払い社会保険料

従業員の社会保険(健康保険・厚生年金保険・雇用保険など)への加入漏れも、労務管理で頻繁に問題になります。

社会保険の未加入は、所定労働時間の管理不備から生じることが多く、簿外債務としてIPOの障害となります。

特に、パート・アルバイトについて、注意が必要です。

平成28年10月の法改正によって、短時間労働者(パート・アルバイト)が社会保険に加入できる要件が変更されました。さらに令和4年10月から、パート・アルバイトの健康保険・厚生年金保険の適用が拡大されました。

この法改正に対応しきれず、社会保険に加入しなければならないパート・アルバイトの方が未加入のままの状況が続いている企業は、早急に対応が求められます。

この状況も「未払いの社会保険料」が発生し、過去2年間に遡って精算しなければなりません。

パート・アルバイトの人数が多いと、未払い社会保険料の金額も大きくなり、この場合も数千万円~億単位の支払いが生じることになります。

代休の残日数

「代休」や「振替休日」の不適切運用による、法定休日の未払いも、労務管理の不備としてIPOの障害となります。

「振替休日」は、あらかじめ休日と定められていた日に働き、その代わりに別の勤務日を休日にすることを意味します(休日と労働日を入れ替える)。

一方の「代休」は、休日労働した代わりに、その後の勤務日のどこかを休日にすることを意味します。

つまり代休は、休日に労働した代償として与える休日です。そのため、本来の法定休日に労働した場合は、休日労働の割増料金が発生します。

 

企業は、代休を取得させる義務はありませんが、就業規則に代休取得が可能なことを規定されている場合、適切に代休を取得させなければなりません

休みが取れないことは、従業員の健康やメンタル面に悪影響を与えるリスクが生じます。

従業員の健康管理のためにも、代休の未消化日数を適正に管理することは、事業者や上司の大切な役目です。

訴訟関連のリスク

労務管理で直面する、訴訟関連のリスクについて解説します。

長時間労働(過重労働)

時間外や休日の労働が月100時間を超える、もしくは2~6ヶ月平均で月80時間を超える

労働時間は1日8時間、週に40時間以内」と規定

社員の健康管理

労働安全衛生法で、時間外・休日の労働時間が法定労働時間を超えて従業員を労働させる場合、健康と福祉を確保するための措置が義務付け

限度時間を超えて労働する従業員には、医師による面接指導や深夜業の回数制限、産業医などによる助言・指導などが必要

ハラスメント

企業側の責任が問われる

平成27年12月から労働者に対して心理的な負担の程度を把握するための「ストレスチェック」制度が義務化

長時間労働(過重労働)

長時間労働(過重労働)防止の取り組みは、IPO審査でもよく取り上げられます。

過重労働とは、時間外や休日の労働が、月100時間を超えること、もしくは2~6ヶ月平均で、月80時間を超えることです。

労働基準法や労働安全法では、「労働時間は1日8時間、週に40時間以内」と規定されています(労働基準法第32条)。

過重労働は、長時間働き続けることで、疲労やストレスが蓄積し、従業員の精神的・身体的な健康状態が悪化する可能性があります。あわせて懸念されるのが、従業員が疲弊して、生産性が低下してしまうことです。

 

さらに昨今、働き方改革や、働きやすい環境が重視される傾向から、過重労働を課している企業は、人材確保にも悪影響を与えます

また、社会的な非難を浴び、企業の評価価値も下がってしまいます。

このように、過重労働(長時間労働)は、従業員の健康や生産性を損ない、法的リスク、人材確保の困難など、さまざまな問題が生じる重要な問題となります。

企業はIPOに備えて、この問題に真摯に取り組み、働きやすい環境を構築することが求められます。

社員の健康管理

労務管理で直面する訴訟リスクでは、「社員の健康管理問題」は特に重要です。

労働安全衛生法では、時間外・休日の労働時間が法定労働時間を超えて従業員を労働させる場合、健康と福祉を確保するための措置を取る義務が示されています。

たとえば、限度時間を超えて労働する従業員には、医師による面接指導や、深夜業の回数制限、産業医などによる助言・指導などが必要です。

この場合の法定労働時間は、時間外・休日の労働時間の合計が、1ヶ月あたり100時間を超えた状態をいいます。

また、法定労働時間を超えて残業をさせる場合には、労働基準監督署長へ届け出なければなりません(労働基準法第36条・いわゆる36協定)。

参考:厚生労働省|労働基準法第36条(時間外・休日労働協定)について

企業側が、こうした措置を守らず、従業員に健康問題が発生した場合、企業は安全配慮義務違反が問われることになります。

従業員が、過労死やうつ病によって自殺してしまうようなことがあると、遺族が訴訟を起こし、損害賠償請求によって高額の慰謝料の支払い義務が生じます。

このような訴訟に発展する事態が起これば、当然IPOへの取り組みは停止する可能性が高くなります。

参考:厚生労働省|過重労働による健康障害を防ぐために

ハラスメント

企業経営に悪影響を及ぼす労務リスクとして、職場のハラスメント問題も挙げられます。

以前は、ハラスメント問題は従業員個々の問題として捉えられる傾向にありましたが、昨今は法整備も進み、企業側の責任が問われる問題となってきました。

また、平成27年12月から義務化されているのが、労働者に対して心理的な負担の程度を把握するための「ストレスチェック」制度です。

事業者には、検査結果にもとづいて、医師による面接指導の実施などが義務づけられています。

参考:厚生労働省|ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等

ハラスメントによって被害を受けた従業員は、ストレスや不安などの健康問題を抱えることがあります。

これらのハラスメント対策や健康管理義務を怠り、必要な措置を取らずに、不調を訴える従業員が出てしまった場合、企業は安全配慮義務違反を問われることになります。

事業者はハラスメントを防止するために、適切な方針や対応マニュアルなどを作成し、従業員が働きやすい環境を整えることが重要です。

関連記事:ハラスメント(パワハラ)における会社の責任と講じておくべき措置

行政指導関連のリスク

行政指導関連による労務リスクにも注意が必要です。

労働基準監督署からの是正勧告 労務管理の不備により改善指導を受ける可能性
国・自治体からの業務停止や免許取り消し 企業の不祥事による行政処分

労働基準監督署からの是正勧告

先述した通り、残業代の未払いや代休の不適切運用による法定休日の未払い、社会保険の未加入など、労務管理のあらゆる不備が、IPOの障害となります。

調査の結果、労働基準監督官によって法令違反があると認められた企業は、改善指導を受けます。これが是正勧告です。

企業は、是正勧告を受けた時点で社名を公表される可能性があります。社名が公表されると、企業の信用失墜など、多大なリスクが生じます。企業は、是正期日までに違反事項を改善し、その結果を労働基準監督署に報告する必要があります。

是正勧告を受けることは、企業にとってさまざまなリスクが生じるため、日頃から対策を徹底しておくことが重要です。

参考:厚生労働省|労働基準監督署の役割

 国・自治体からの業務停止や免許取り消し

企業において不祥事が発生した場合、被害の拡大を防ぐ観点から、国や自治体から業務停止や免許取り消しなどの行政処分を受けることがあります。

たとえば、食中毒の発生、事業内での事故の発生、個人情報の漏えい、役員の不祥事などが該当します。

業務停止や免許取り消しなどの重大な行政処分を受けた企業は、企業評価も低下し、社会的な信用も失いかねません。当然、証券取引所の審査に通過することも難しくなり、IPO準備も中断してしまいます

まとめ

 

IPOにおける労務監査は、企業が従業員との契約関係や労働環境を適切に管理しているかどうかを評価するための重要なプロセスです。

労務監査によって、法的コンプライアンスや不正行為のリスクなどが評価されます。

IPOを目指す企業は、従業員の労働環境の改善や、残業代や代休を適正に管理するなど、社会的責任を果たすために、労務状況の改善を行うことが重要です。

労務DDのご相談ならHRプラス社会保険労務士法人までお問い合わせください。

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